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その時・・・自宅では

*)葬儀風景をUPします 苦手な方スルーして下さい。すみません。


7月27日(月) 自宅 8時45分

弟が 父に病院に行くと伝えた


渋々だが 起き上がり 用意を始めたらしい


靴下を穿かそうと 振り向いた時


もう・・・


ベッドに座り 壁にもたれかけ


片手にペットボトルを持ち 目を閉じ


自発呼吸をしていなかったと・・・


直ぐ 人工呼吸をしたら ゲップを一度し 一旦は戻ったと・・・


後は救急隊が到着するまで 必死で心臓マッサージをしてくれました。


何が起こったか わからなかった・・・と弟が後日言っておりました。


この時母は 姪っ子に制止され 台所のテーブルに座り


母:「オジイサン もう逝ったかぁ?」・・・と 


朝食をしながら 連呼していたそうです。


認知症って・・・・・・ 酷い! 辛い 残酷です。 


この日は 父の88歳 米寿 誕生日


命日になりました。





【母の問題行動!】

家族葬
P1000674 葬儀
    ↑
左下に母が写っています 用意していた喪服は着たくないと普段着出席です。

葬儀と初七日の法要は 大人しく座っていてくれましたが

お焼香の順番がきても 「腰が痛い」と・・・拒否!!

係りの方が 最後にもう一度 声を掛けて下さり 

お焼香が出来ましたが

病気だから しょうがない・・・が


*)薬が飲めていない!

私が当日から2日間ホールに泊り込んだ為

帰る度に母の朝・夜の薬を用意していたが 留守番の姪・甥の

言う事は きっと母は聞かない

2~3日前にフェルガード100Mを注文し 荷物が着けば 

飲ませるようにも 頼んであるが 届いてないようだし

フェルガードのハーフサイズが少々あったので やっぱり飲ませるべきだった。




父の田舎は岡山県です。

6人兄弟  末弟・妹(寝たきりですが)健在ですので

連絡後 田舎から末弟・甥・姪・義妹さん達 7名が駆けつけてくださり

家族親族・17名 弟の友人3名の27名に送って頂きました。


父にはひ孫1号(中2)・ ひ孫2号(小6)・ ひ孫3号(年長組)おります。

3人とも男の子です。 その男の子3人組の会話が・・・

ひ孫3号が「もうじき 一休さんきゃはる?」・・・もうすぐお坊さん来られる?の意味

「こられるよ」と姪が

そこへ お導師(住職)が来られた

ひ孫2号・3号が「一休さんちゃうや~ん!」  

小さい部屋からクスクス笑い声が・・・

みんなの緊張がほぐれた瞬間でした。

通夜の線香とお灯明は ひ孫1号・2号が夜通し”火を絶やさない”ように

頑張ってくれました。・・・迷信ですが


P1000682 初七日

初七日法要後の食事で ピックな母が炸裂!!しました。

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普通の日から・・・一転!!

7月26日(日)

普通の ゴクゴク普通の日曜日だった・・・のに


朝ごはんも いつも通り 食べ


何にも気にならない ゴク普通の日曜日でした。


昼食のスティックパンを1本しか食べていないぐらいで・・・


ラコール(経腸栄養剤)を持って行くが 飲んでいない


まぁ 『こんな日もあるだろう』 ぐらいにか 思っていなかった。



昼寝をしすぎて  買い物に行くのが遅くなり 


4時頃 父に 


私:「今日は何が食べたい?」

父:「そうやなぁ ネギトロ食べようかなァ、にぎり飯もしてやぁ」

母:「わては イカ!」・・・あなたには聞いてないんですけど・・・(心の声!)

私:「直ぐ買ってくるわぁ」

買い物から 帰るなり 父から


父:「ちょっと 気分が悪いから 飯はいらんわぁ」

私:「どうしたん???」



体温を測り 水分補給にOS-1を飲み 寝てもらう事に


大相撲の千秋楽を楽しんでいたと思っていた


父:「気分悪い 洗面器!」


2度ほど胃液だと思うが・・・嘔吐


昼食が少なかったからか???


それからは 1時間に 1~2回 嘔吐


9時頃 ”これは 変だ! おかしい! 大変な事!!と思い


病院へ連れて行かないと・・・でも 今までの病院は 


入院を拒否されている(思い込んでる)


「8月までの後1週間は自宅で頑張れ」 と23日言われている為


絶対 治療し 悪ければ入院させてもらえる病院に行きたかった



京都○立病院・・・ここしかない!


救急患者用へ連絡 


詳しく 症状や病名・薬の事を説明し 


「直ぐ来て下さい」 との事・・・・助かったと思った。


父に話すが 「もう行きたくない」 の一点張り


救急車を頼んで行こう・・・・ 父は首は 縦に振らない!


その間 弟に戻ってきてもらい 甥・ 母・ 私の4人で


説得するが 「行きたくない」


傍で 怒り出す母・・・


弟:「あんなに 嫌がってるんやから もう少し様子を 見よ」


病院へ再度連絡し その旨を説明し 明日(翌月曜日)に


外来に行きたいと お願いしました。



看護士:「わかりました でも救急はいつ来られても大丈夫ですよ」

     「具合が悪くなるようでしたら 直ぐ来て下さい」・・・嬉しかった。


その後も30分間隔で 嘔吐を繰り返す


脱水症状 内臓不全・・・素人判断で 


覚悟は出来た!


覚悟をしないと・・・


でも なんとかしたい・・・


意識を失ったり 血液を吐いたり すれば 独断で 何時でも


救急車を呼ぼう!!



夜中の3時 早く夜が明けてくれる事だけを願っていた


嘔吐が激しくなり 父に


私:「救急車を呼ぶよ! 待ってて!!」


父:「もうこれ以上 苦しい思いは したくない! 呼ぶな!」


私:「死んでしまうよ」


父:「・・・・・・・・・」 返事はない


私:ショックでしたが・・・ 父の本音と 受け止めました。


これが 父との最期の 会話になりました。


父も少し落ち着いたように思いました。


一睡もしないまま 京都○立病院へ 


初診の順番を取りに7時に出発


父に言いに行くが・・・上体を起こしていたが


こっちを向いてくれず 返事もしない・・・聞こえているかなぁ?


順番は7番がとれ 少し縁起がいいと (笑)


呼吸器科の受付で 夕べの経緯など説明 


「もう来てもらって下さい」との事・・・自宅に電話をした時


電話に出た 姪が


姪:「お爺ちゃん硬直している お父さん心臓マッサージしてる」


私:「直ぐ 救急車を呼んで こっちにおいで 病院に話しをしておくから」


悲鳴でした。 


呼吸器科の受付でも わかったようで


直ぐに救急部に連絡をして頂け 受付完了 ・・・8時48分


なかなか 到着しない 救急車から


ストレッチャーが下ろされた


父が心臓マッサージを受けながら降りてきた


両足が・・・真っ白


あっーーあ!! 涙がこぼれた・・・・。


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父 在宅で・・・・

今週の火曜日 母の診察日でした。

今回はなんら問題もなく 診察を終え帰宅

帰りのタクシーの中で 母がおとなしいのが 気になり

家に着くなり 直ぐベッドへ・・・・・・・。

ベッドに横になり お腹を擦っている。

あっ やばい!腸閉塞が起こったかぁ?

私:「どうしたん? お腹痛いの?」・・・脅かさないように 優しく 優しく

母:「苦しいから ズボンを脱ぐわぁ」


ズボンを脱がしながら 吃驚!!

脱いでも 脱いでも 紙パンツが・・・

ズボン→ 紙パンツ→ 紙パンツ→ 5分綿パンツ→ 紙パンツ・・・終了!!

紙パンツ3枚重ねでした。失敗したら恥ずかしいので3枚穿いたそうです。

 そら 苦しいわぁ  一件落着!!です。


*********** ここから  父の事です   ************

(7月のカレンダーにおおまかにメモってあるのを書きます)


退院してから 父は 比較的 落ち着いていたが

食べられない 

飲み込めない

手が震え お箸が使えない

足が上がらない 

ことあるごとに「死にたい 死にたい」を連発する

退院後1週間は お粥だけしか 食べません。


7月9日(木) 身体障害者申請

とにかく 好物だけを毎日出し お粥→おじやに変更し

濃い目の味付けに替えました 
P1000659.jpg

母も同じ物を 一緒に食べてもらい 完食できるようになりました。

その頃から 微熱37度前後が続きます。


7月11日(土) 歩けないから 入院したいと 言いだすが

弟や姉達がなだめてくれたので 諦めた様子


7月15日(水) コウノメソッド医へ 母の診察日に父も連れて行く

診断は 鬱病+レビーの疑い!!

栄養失調と脱水症状があるので 週2日 点滴治療をしていただく

薬はなく フェルガード100M 1日2回 朝晩1包

ラコール200mlを1日 1~2パック

7月18日(土)・22(水)点滴

次第に手の震えがなくなり 食欲も増し 散歩に出掛けるようになりましたが

今ひとつ 調子が戻りません。


*今回肺のX線をしてもらい 片肺の3分の1だけが 

 やや鮮明で 残りはモヤモヤ状態でした。



7月23日(木) 

退院後の診察日(入院していた病院)

前日父から 入院したいと言われ 弟と相談し 

当日3人で 院長の診察を受けに行くが・・・

酸素濃度が98%?だったと思うが 入院をお願いしてみた


病院長:「辛そうやから 入院できるか 事務長に聞いてみる」

事務長:「3日の退院ですから もう少し自宅で 頑張ってもらえませんか?」

     「後 1週間 8月になれば・・・。」

   私:「ここが無理なら どこでも結構ですから 紹介してください」

病院長:「ずっと診ているから・・・ それ(紹介)を含めすぐ調べて」と 事務長に指示

病院長:「直ぐ調べて 連絡します。」

     「ちがう(別の物)吸入機?を出しておきますから 何かあれば連絡下さい」


病院の事情もわかるが・・・・。

結局 その後 病院から 連絡は入らなかった。


7月24日(金) 

新しい呼吸器科を探したが 父が嫌がり 動こうとしない。

呼吸器科のリハビリもある所だったのに・・・残念!

父がヘソクリを「持っていてくれ」と 家族皆が知っている ヘソクリを預かった。

??? 嫌な予感!!(笑)でした。


7月25日(土)

点滴予約日・・・  「今日は止めとく!」と 父が言う。




 



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退院当日 その2

やっと 梅雨が明け! カンカン照り


自転車で走っていても 長袖を羽織らないと 腕がヒリヒリ・・・痛い。


汚れた足?ではないですよ。


サンダル焼け 毎年日焼けします 今年は変なカタチです。 

P1000688 日焼け

お見苦しくて すみません。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここから 続きです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


急いで病院へ行き 父の部屋へ


いつもと同じように 大人しく ベッドに寝ている


本を読みながら TVはNHKしか 見ません。


テーブルの上には 昼食が 手付かずで・・・


私:「昼ごはん 食べへんのん?」

父:「面談の人 来はるんやろ?」

私:「あれは今日は中止になった ゴメン」

父:「そうかぁ」


この時点で13時 昼ごはんを食べずに 待っていたようだ


父らしかった。


昼食はうどん・・・息を吸うのが辛い父にうどんは?・・・すすれない。


食事はお粥 おかずはきざみ食でお願いしているのに・・・・。


このままでは 食べられないので お箸で ブツブツを細かくし


スプーンで食べていた。


その間 ナースステーションにご挨拶に行き 支払いを済ませる。


支払いの際 【身体障害者の申請用紙】を 受け取り


ここで 初めて 父の病名を知った



*呼吸器 機能障害

肺線維症

慢性閉塞性肺疾患

間質性肺炎併発




ずーっと 入院時の病名は 慢性気管支炎だった。






食べ終わった父が 「帰ろうかぁ。 車椅子持って来て」


「えーーえっ!!」


歩けないのか 尋ねると 父が「もう歩けんようになってしもうた


吃驚!!! 


入院中は2日に1度は 誰かが様子を見に行っているのに


誰も知らない トイレやお風呂に行く時は 途中で1回休憩するのは


知っていたが・・・・





車椅子に父を乗せ 酸素ボンベ+予備ボンベ 少量の荷物を乗せ


タクシーで帰宅しました。


物凄い 疲労感でした。


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退院当日 その1

7月29日 家族だけで 葬儀と初七日を終えました。

いろいろご心配をかけ 又 コメントを頂ながら お返事が出来ず

申し訳ありません。

そしてこんな ずたずたblogを読んで頂 有難うございます。  

父もきっと 楽になり 私たちを 見守ってくれていると 思いますので

もう少し 父の事を 書こうと思います。


P1000687.jpg

7月3日に退院が決定したので まだ搬入されていない 電動ベッドの件で


ケアマネに連絡したところ・・・ 


父と面談が済んでいないし 入院先の病院の証明?(要介護1の為)のような物が


必要な為 至急病院で合いたいと言われたが 私自身の時間の調整がつかず


退院当日の13時30分に約束した・・・が、


という事は 父が帰って来ても 頼んでいたベッドは使えないのか?


不安がよぎったが この事だけを考える余裕が私にはなかった。


母の人工肛門やピック病 又 父のこれからの事の方が 


何倍も心配で不安で・・・・。


退院当日は 朝から母を落ち着かせ 父のベッドメイクや


在宅酸素の点検があり 夕食の買い物などを済ませ 12時出発準備


出掛ける直前 ケアマネから電話が


ケアマネ : 「良かった まだおられて」

私   :「?」

ケアナネ :「病院と連絡がつき 用件が済みましたので 今日は行きません」

私   :「はぁーーっ? もっと早く言って下さい」

ケアマネ :「退院でお忙しいでしょう」

私   :「あなたに合わして 午後からの退院にしたのに!!」


こんなやり取りだったと思いますが ドタキャン!です。


まして 父との面談は?・・・しなくていいの?


電話連絡で済む用事なら もっと早く 連絡を取っててよ(今だからそう思える)


腹が立ち!振り回され! 暫く動きだす事が出来ませんでした。


何度目でしょうか あのケアマネになってから こんな思いをするのは


もう あんなケアマネと話しても 何も始まらないし


腹が立つだけ 時間の無駄!! 他の人に代えてもらおう。


取り合えず 急いで 父が待っている病院へ向かう。


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母と二人暮しです。

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